気の玉の作り方?気功の玉は幻想?|施術の現場から見る気の玉
こんにちはよろしくお願いします。
今回は、よく見かける「気の玉」について、僕の現場の経験と技術的な視点から話します。
僕は気功の教室をやっていて、生徒さんに気の玉を作るという感じだけど、それは実際に気の玉があるんじゃなくて、気の玉をイメージする、あると思い込むという意味です。
そしてイメージをしたことによって、体にどういう変化が起きるかという、ある意味心と体をつなげるための方便、説明、コツを得る方法として言ってるわけです。
だから、実際に気の玉ができるなんてことはないし、気が物質化したり、玉とか、星形とか三角形とかになるかといったらなりません。
つまり、手のひらの感覚とか、頭でイメージする想像力と、想像したときの体や感覚の変化を、感じ取ったり訓練するための一つの練習法としてあるわけです。
だから、気の玉を作りましょうと吹聴して、本当に気の玉はあると言う人は、気功のことをあまり知らない人か、本当にやばい人です。
逆に証明することができないということは、嘘だと断定することもできないと逆手にとって、世間に向けて発言している可能性も拭えません。
それかみんな気の玉の作り方をSNSでいってるから、私も真似して発信しようと深く考えずに真似だけしている人。
事実確認もできしてないし、あるかどうかも証明できないし、間接的にも証明もできないことを、さも本当かのように言ってしまうのは無責任ではないでしょうか。
僕は何遍も言いますけど、便宜上、イメージという概念で説明しているのであり、本当に気の玉ができるなんてことは思ったことはありません。
明らかに非現実的すぎるからです。
ただし、遠隔機構とか気を送ってと、そういうイメージというか、方便としてやった結果、人の不調が治ったっていう方は沢山がいます。
気功のメカニズムは置いといて、こころとからだに何かしら良い変化が起こせる技術ということは伝えておきます。
気の玉の作り方
- 「手のひらの感覚に意識を集中して」
- 「気の玉を作りましょう。」
というと、気功のことを知らない人は真に受けてしまうでしょう。
ネットを見ると、こんな感じで気の玉をイメージして気の玉を作りましょうといった説明が大量にあります。
正直に言うと、僕自身、10年以上気功をやってきて気功教室でも“気の玉”を作ってと言う場合もあります。
それはあくまで便宜上、気の玉でも何でもいいから、何か新しい感覚を感じてほしいからです。
気の玉を作ってその玉を体に当てたり入れたり、作ったからと言って何か良いことがあるのでしょうか?
正直バカらしく手やってみようとすら思いません。
お客さんの不調を改善するうえで必要になったことも一度もありません。
気の玉を教えている整体師やら、気功師、ヒーラーがいるけど、実際に臨床で使ってます?
なんで気功のことをろくに知らない、臨床でも使わないのに、気功の気の玉について語ってるの?という印象です。
まさか日頃使ってない物を、あたかも大切かのように、教えたりしてないですよね?
もし使ってないなら吹聴してるだけと言っても過言ではありません。
こういういい加減な事を集客のために言っちゃう人達が信用ならないし好きではありません。
こういう事をいってしまうと、一部の人は場を濁すからと、怪訝になる人もいるのは百も承知です。
でもね、適当な事を教えられて、大事なお金取られたいですか?って質問に対して、騙されたいです!お金搾取されたいですって人な
んていないですよね。
空気読まないのは分かってますけど、何も知らない人たち相手に、金儲けする怪しげな気功師やヒーラーになるより、空気読まずに真面な事言った方が役立つ人がいると思っています。
「気の玉」は初心者向けマーケティングに使われがち
僕の主観ですが、気の玉を語っている人の多くは
- ブログでアクセスを集めたい
- SNSでそれっぽい投稿をしたい
- 内容より“雰囲気”で集客したい
という目的で発信しています。
なぜわかるか?
気の玉を語る人は、技術の結果を語らないからです。
本物の技術がある人は、「何をすると、身体のどこがどう変わるか」これを順序だてて説明できます。
しかし気の玉を語る人は、“気の玉を作って、体の当てましょう、入れましょうといって終わりです。
だから何?出来た気がしたで終わってしまう話になってしまい、技術としての深掘りが存在しません。
体感できないものを“餌”にして、満足させて勧誘している
僕からすると、気の玉という概念は、「みんなが欲しがりそうな“わかりやすい情報を作って、体感した気にさせて、講座やセミナーへ誘
導するためのツール」にしか見えません。
なぜなら、
- 玉ができても、身体は何も変化しない
- 玉ができても、施術が上達するわけでもない
- 玉ができても、痛みが取れたり不調が緩和するわけでもない
つまり、“できた風の満足感”しか残らないから。
これ、技術ではなく心理誘導の領域です。
また「気の玉の作り方を教えます」というコンテンツは、多くが
- フワッとしたイメージ誘導
- 何の再現性もない
- 集客用のストーリー
という構造になっています。
本当に効果のある気功やヒーリングは、相手に触れなくても
- 関節の反応
- 筋の張力
- 重心
- 可動域
- 身体の切り替わり
こうした客観的に確認できる変化を示せる手技です。
「気の玉」は意味を成す?
気の玉を作ったところで何の変化も起きない
技術というのは、本来「やると何がどう変化するか」がセットです。
でも、気の玉を語っている人は、玉を作った後の“身体への作用”を一切説明していません。
玉ができたら何が起こるの?
どう変化するの?
施術でどう使うの?
これが説明できると気の玉が意味を成します。
臨床で使う気功
- 身体を変化させるための技術
- 反応を検証しながら作用点を特定していく作業
です。
そもそも、玉を作っている暇があったら、気で体に変化を起こして
- 姿勢の歪み
- 筋の過緊張
- 過覚醒
- 呼吸パターン
- 関節のロック
- 過去の外傷が残す固有の反応
こうした“目の前の情報”を読むほうが圧倒的に重要です。
残念ですが気の玉は簡単には感じられない
だからこそ、それを集客の餌にしている時点で、何かおかしいんです。
気の玉を作る──よく見るフレーズですが、意識と身体をつなげる橋渡しにはなります。
でもいとも簡単に、
「気の玉ができます」
といった説明が出てくる。
これ、技術を語っているようで、実はただの“設定”を作っているだけです。
気の玉 結論
気の玉は気功の上達やコツを得るための橋渡し。
でも、手のひらで気の玉を作って感じたから、気の玉が出来ましたはちょっと違うという意見です。
いわば気の玉商法
「こういうの欲しいんでしょ?」
とばかりに“ご褒美”を提示して、満足感で誘導する。
という感じなんかと。
本物だったら、概念じゃなくて、実際に気を使って臨床なり、何かで証明すればいいだけの話です。
僕は店舗で体験会と気功の施術を行い、体験した人に、体感してもらうことで証明しています。

