気功の種類・施術の気功とエクササイズの気功体操
気功には「施術としての気功」と「エクササイズとしての気功」がある
こんにちは宜しくお願いします。
どうしても気功をしているうえで、気功に関して知って欲しいことがあるのでお伝えします。
気功には「施術としての気功」と「エクササイズとしての気功」があるという事です。
結論から言うと、気功と称して体を動かして行う気功体操は、ラジオ体操や、昔に流行したエアロビクスとなど同じ、中国式のエクササイズという事です。
世の中で「気功」という言葉が一つにまとめられてしまっていますが、実際にはまったく別の2種類が存在します。
1.気功体操(エクササイズとしての気功)
施術としての気功(気を操作する技術としての気功)
この2つは、同じ「気功」という言葉を使っているだけで、原理も目的も技術体系も完全に別物です。
気功体操は「運動で健康になるためのもの」
気功と称していて、太極拳のように体操をしている気功は、太極拳やヨガと同じ“身体運動やエクササイズの”のカテゴリーです。
- 体を動かす
- 呼吸を整える
- リラックスする
- 血流や関節の可動域が良くなる
つまり運動によって健康になる方法です。
これは気を操作する技術ではなく、やっていることの本質は「エクササイズ・健康体操」です。
実際に、同じ動きをダンスやストレッチで行っても同じ効果になります。
→気功体操が健康に良いのは“運動”が良いからであり、気の操作とは別の話です。
2.施術としての気功は「気を扱う技術」
一方で、もうひとつの気功は運動ではなく、不調を改善する目的で行う民間療法です。
- 触らずに相手の状態が変わる
- 遠隔で変化が出る
- 触れずに可動域が変わる
- その場で状態を判別できる
こうした現象を生むのは身体技法ではなく「気を扱う技術」です。
これは筋肉運動やストレッチとは無関係です。
「気を出す/気を操作する」スキルそのものが結果につながります。
→ここには運動性の要素は一切なく、純粋に気だけで心身に変化を起こす術という事です。
3.“運動しながら気を使う”は論理的に無理がある
よくある誤解として
「運動しながら気を出すと相乗効果がある」
という話です。
しかし実際には、ここに大きな矛盾が生じます。
矛盾1:運動の効果なのか、気の効果なのか判別できない
運動による変化なのか、気による変化なのか、
同時に行えば判定が不可能です。
- 気は技術なので、本来なら
- 気だけを出したときの反応
- 運動だけをしたときの反応
を“切り分けて”確認できなければいけません。
気功体操なら、体操だけの効果と気功だけの効果を体感させられる実力が備わってしかるべきです。
もし、気功体操をしているのに、気功単体でも効果を出せないなら、それは気功ではなく体操しか学んでいない、身についていないという事です。
矛盾2:気功整体のように「施術とマッサージの同時進行」が破綻する
「マッサージしながら気を送ります」という説明と非常に酷似していて、気功と称して体を揉みほぐしていたのでは、
- 揉んだ効果なのか
- 気の効果なのか
判別できない状態になります。
気を用いて何か結果を出すときに運動はいりません。
本来、“単独で扱ってこそ効果を検証できる技術”です。
矛盾3:運動が主体なら、別にダンスでも良い
動きが健康効果の中心なら、太極拳でなくてもダンスでもストレッチでも構造は同じです。
つまり「動きそのもの」が効いているだけです。
気功とは体操・運動を必要とせず、気だけで変化を起こす独立した技術です。
誤解のないように言っておくと
“動く気功のような気功体操は、エクササイズに「気功の不思議なイメージ」を後付けして
それっぽく見せているという構造です。
つまり、
- 運動そのものは普通の健康体操
- 効果の正体も運動による生理的な反応
- しかし「気功」という名前で不思議さを付与
- “気の効果が出ているような雰囲気”が演出されている
こういう組み合わせになっています。
ポイントは「不思議な現象」の部分を運動の上に乗せているだけ。
もともとの動きは太極拳・健康体操・ストレッチと同じ構造なのに、
- “気が出ています”
- “エネルギーが巡っています”
- “この動きが気功です”
といった“イメージの上乗せ”が行われることで、あたかも特別な技術であるように見えてしまう。
しかし、実際には
動きを取り除いたときに気の技術が残るか?
→残らない
→だから気功ではない
ここが本質です。
私は気で施術しているので、気だけで変化を起こせます。
気功体操の方たちは、気だけで変化を起こすことは出来るのでしょうか?
それが答えです。
つまり本当の意味で気を扱っているわけではない
エクササイズに「気功らしい雰囲気」を乗せているだけなので、
- 気だけを出せる
- 触れずに変化を起こせる
- 遠隔で変化が出せる
- 動きがなくても成立する
といった、気功の“本質である施術”は存在しません。
気の施術が出来るようになるなら、気功体操も気功と称しても問題ないはずです。
でも、気功の本質のような部分を会得出来ていないのなら、気功と称するのは疑問が残ります。
気の技術と、運動としての気功は完全に別物
「気を扱う技術」と「運動としての気功」は混ぜてはいけない。
- 体操は健康のための運動
- 気功の施術は、気を扱う技術
混ぜると結果の判別ができなくなる
「気功」と1つで語ると必ず誤解と矛盾が生まれる
だから「気功体操をやっている人」は“健康運動・健康体操、エクササイズを学んでいる”と考えればスッキリします。
①“エクササイズと気功の混同”が起きる理由
動く気功が広まる背景には、そもそも一般の人が気功の技術構造を知らないという問題があります。
- 気は見えない
- 音も鳴らない
- 効果判定も難しい
- 技術とイメージの境界が分からない
この“不可視性”が、エクササイズへ気功のイメージを混ぜても、一般人が区別できない土壌を作っています。
だから「気功と名付ければ気功に見える」という現象が生まれるのです。
→名札の勝利であって、技術ではない。
②技術としての気功は「切り分け」ができる。それが最大のポイント
本物の技術は、要素を分離しても成立します。
- 手技だけで成立する整体
- 呼吸だけでも成り立つ呼吸法
- 動きを止めても成立する武術の原理
- 音を止めても本質が残る演奏法の理論
気功も同じで、本物の気功は動きを切り離しても成立する。
逆に、動きを止めた瞬間に何もできなくなるなら、それは「動き(=運動)」が正体であり気の技術ではないという事の裏返しです。
→切り分け可能かどうかが、本質の判定基準になると考えます。
③“体操+気功のイメージ”の商品化モデルが多い理由
商業的な理由で「動く気功」が増えているという指摘も補足として有効です。
実際に、
- 動きがあるほうが初心者が参加しやすい
- レッスンとして成立しやすい
- 集団でやりやすい
- 運動効果があるので満足度が出やすい
- 気功という名前で“特別感”を演出しやすい
この組み合わせは商品化しやすいため、「気功」というブランドが乱用される土壌が生まれています。
しかし、技術としての気功とはまったく別の文化圏で起きている現象という事実は、明確にしておく必要があります。
④誤解しないでほしいのは、
エクササイズとしての気功が悪いわけではないということ。
- 健康体操としては優れている
- 体を動かす・呼吸を整えるという意味では有益
- 太極拳・ヨガ・ストレッチと同じく価値がある
ただし、“気を扱う技術としての気功”とは別物であるという区別だけは必要です。
習いたい人に誤解を招くのは良い事とは言えないからです。
⑤最後に本物の技術は、動きを取り除いても、言い訳なしで結果が残る。
気功の種類・施術の気功とエクササイズの気功体操があります。
同じ「気功」という名前でも、中身が全く違うので、どんな目的が合ってどうなりたいかをはっきりした後で、気功体操を習うのか、帰庫の施術を習いたいのか決めて頂けたらと思います。
ご参考になれば幸いです。
最後までお読み頂き有難うございます。
またよろしくお願いします。

