本物の気功とは「主張」や「イメージ」ではなく、必ず身体変化と“他者への影響”という結果が伴う技術です。

あまりにも気功を語った詐欺、自己啓発、人生が思い通りに運ぶ魔法のようないい加減な事を吹聴する輩がSNSで活躍しているので、実際の気功についてお話しします。

大前提として、気功を整理するとこうなります。

①チャクラ・第三の目は「気功」ではなく「インド哲学」

まずここは事実ベースで明確です。

• チャクラ

• クンダリーニ

• 第三の目(アージュニャー・チャクラ)

• ナーディー(気の通り道的な概念)

これ全部、インド哲学・ヨーガ哲学・タントラ思想の用語体系です。

一方で、

• 中国由来の気功

• 仙道

• 導引・吐納

• 内丹術

この系譜の文献や理論の中に、チャクラや第三の目という概念は出てきません。

つまり、「気功なのにチャクラがどうこう言い出す」

時点で、すでに体系が混線しているか、それっぽい言葉を寄せ集めて商売しているかのどちらかです。

これは思想史的においての指摘です。

②「幸福・金運・恋愛運」人生が思い通りになるのは技術でも療法でもない

ここが一番アウトなポイントです。

• 幸福になれる

• 金運が上がる

• 恋愛運が上がる

• 人生が好転する

• 願いが叶う

これ、もし本当に気功でこんなことが出来るなら、これほど嬉しいことはありません。

でも、現実の世界では全部結果が定義できない概念です。

しかも、

• 何をもって「金運が上がった」のか?

• いくら増えたら成功なのか?

• いつまでに?

• 何もしなくても上がるのか?

評価指標がゼロです。

これは技術でも療法でもなく、ただの希望的観測ビジネスです。

希望的観測ビジネスとは証明も際限もできない都合のよい未来を売る商売。

本来は結果が保証できない、検証できない、因果関係も不明なものを、あたかもそれをうけると、良い未来が手に入るように見せかけて売るビジネス

③再現性がない=技術ではない

本来、技術・療法・訓練というのは、

• 誰がやっても

• 一定の手順で

• ある程度同じ結果が出る

という再現性が最低条件です。

ところが、

• 宇宙エネルギーを流す

• 波動が上がる

• 高次の存在とつながる

• 意識が覚醒する

この手の話は

• 何をやったのか曖昧

• 何が起きたのか曖昧

• 起きなかったら「あなたの問題」

• 成功したら「気功師・ヒーラーのおかげ」

という都合の良い仕組みになっています。

これ、技術でも療法でもなく、宗教構造そのものです。

④統計も指標も出せない=検証不能=言った者勝ち

ここも非常に重要な論点です。

これまでお話ししてきたことは

• 数値化できない

• 比較対象がない

• 介入前後の差を示せない

• プラセボ・自然回復と区別できない

この状態で、「効果があります」「人生が変わります」と言うのは、商売としても、倫理的にもかなりアウトです。

最低限必要なのは:

• 何に対して

• どんな変化が

• どれくらいの割合で

• どれくらいの期間で起きたのか

でも、スピリチュアル系の気功師やヒーラーはこれらを一切出しません。

なぜなら、出した瞬間に嘘がバレるからです。

⑤私の立場は一貫して「技術としての気功」

・気功は技術である

・人の体に変化を起こせるかどうかが全て

・触れずに変化を起こせないなら論外

・再現性がないなら技術ではない

・幸福・金運・恋愛運は気功の定義外

・チャクラや第三の目はインド哲学であって気功ではない

・検証不能な話をする人間は信用に値しない

という事が気功を語るうえで大前提となります。

本当の気功、本物の気功とは肉体と健康に変化を起こせる技法である

①心法と体術の両方がなければ片手落ちとなります。

気功は

• 心法(意識の使い方・操作)

• 体術(身体構造・姿勢・張力・安定性の変化)

この両輪がそろって初めて成立します。

殺法(武術的な崩し・制圧)だけできる方もいます。

活法(療法的な変化)だけできる方もいます。

どちらか一方しか成立していないなら、それは「気功の効果や気功で出来ることをしらない片手落ちの気功師となります。

②気が体を通るという感覚が身につくと、体に明らかな変化”が起きます。

もし本当に「気を扱えている」なら、気功をしている人の

• 姿勢が変わる

• 重心が変わる

• 筋出力・脱力バランスが変わる

こうした客観的に確認できる変化が出ます。

そして、その変化は

• 相手から押されたときの安定性が変わる

• 触れなくても近づいたとき

相手側にもなにか感覚として理解ができる場合もあります。

※この場合は相手に感じ取る敏感さが要求されることもありますが、相手が押したり、した時に、身体が頑強になるのは気功の効果です。

外気功や鋼気功と呼ばれる気功になります。

ですから、気功師を名乗っていて、気を体に通すという理屈を並べている人がいるなら、自分の体を頑強にしたり、相手の体を簡単に崩せるような強靭なからだつかいが出来て当たり前なのです。

出来ないという事は聞こうの知識が足りない、練功が足りない、未熟な気功師という事です。

無論私は誰が来ても証明する事が出来ますし、これまでも剣道7段の方、柔道6段の方など武道経験者の方にも、気や意識使いの効果を実証してきています。

③「気を出しているつもり」「気を体に通しているつもり」の妄想

実際に気功をしている人達に、よくある勘違いがこの状態です。

• 本人は

「気を出している」

「自分の体に気やエネルギーを流している」

「意識を向けている」

と思い込んでいる。

でも――

• 押されると普通に倒れる

• 姿勢も安定性も何も変わらない

• 相手にも何も起きない

この場合、それは“気功をしているつもり”なだけです。

④結論 気功は自分や他人から見ても明らかな変化が分かる技法

(変化がないなら、それはただの主張。本人がそう思っているだけで、気を扱えていない人間であり、気功師ではない。

気功の稽古が空回りで、身についてないという事実が残るだけです。

⑤さらに一段踏み込むと

• その意識操作で、

自分の身体はどう変わったのか?

• その変化は、

他人が触っても分かるレベルか?

• 再現性はあるか?

• 誰がやっても同じ結果が出るか?

ここを一切クリアできない気功は、全部アウトです。

つまり本物の気功は、気の施術だけでなく武術的要素もあり、肉体にも変化を起こしうる技術を備えているという事です。

一貫した立場でスピリチュアル否定・再現性重視・身体変化必須という事です。

「非接触で変化を起こせない気の施術は論外」

ここが一番重要な線引きとなります。

気の施術で気功師を名乗るなら、触れずに人の身体に変化を起こせねば話になりません。

理由は単純で、

• 触って変わる→

つまり整体・マッサージ・誘導反射・暗示でも起きるからです。

• 触らずに変わる→

ここで初めて気や意識と言った「気功という技術」の検証になります。

①「気功を説明してるだけの人は」は全員ニセモノ気功師です。

ここ、とても重要な部分です。

• 気功の理屈を語る

• エネルギーの説明をする

• 宇宙がどうとか言う

• 意識がどうとか言う

でも実際には、

• 施術院をやってない

• その場で症状を楽にできない

• 触れずに変化を起こせない

• 再現性を見せられない

こういう人達は、全員ニセモノです。

それは「気功師」ではなく、ただの“気功の解説者か、妄想家か、または気功を使った自己啓発など、弱っている人達に狙いを定めてお金儲けをしている怪しい人たちで
す。

②その場で気功による変化を証明できない時点でアウト

さらに決定打がここ、施術院をやってなくてもいいですが、その場で気功の証明をできない人はニセモノの気功師です。

• 症状を聞かずに

• 触れずに

• その場で

• 変化を出せない

これができないなら、「症状を楽にできない=気功は使えていない」つまり気功師ではありません。

私は神経科の医師の方にお会いした時に、気功は身体の治す力が働きやすくなるように働きかける技術なので、不調を術者が知らなくても変化を起こせると主張したこと
があります。

実際に気で施術した結果は8割ほど改善したと医師の方が認めた事があります。

最後にもう一度お伝えします。

  • スピリチュアル否定
  • 再現性重視
  • 身体変化必須
  • その場での実証可能

というのが本当に気功で出来る事なのです。

つまり上記4つの条件がクリアが出来るのが本当の気功師の証となります。

実際に受けてみない事には、信じられない方も当然いると思いますが、受けて頂ければわかります。