気功を学ぶ方から、「瞑想ってやった方がいいんですか」とよく聞かれます。

結論から言うと、気功の上達を目指すなら、瞑想はとても大事です。

私自身、気功の稽古として瞑想を続けていて、下手に気功の体操をやるよりも、よほど上達につながると感じています。

この記事では、15年以上の臨床経験から見てきた「体に変化が出る瞑想」について解説します。

なぜ気功に瞑想がいいのか

気功を始めた方を見ていると、立禅(たんとうこう)や動功を始めるときに、余計なことをしがちです。

力んでみたり、念じてみたり、呼吸を意識しすぎたり。「気を出そう」として、かえって力が入ってしまう方がとても多い。

その点、瞑想は違います。

瞑想には決まったやり方がほとんどありません。「瞑想してください」と言われて目を閉じたとき、何を考えればいいのか、体はどうすればいいのか、呼吸はどうするのか、迷うことばかりです。

実はこの「迷い」が、余計なことをしなくなる状態を作ります。

力むことも、念じることもなくなる。ただ感じることだけが残ります。

その瞑想、目を閉じているだけになっていませんか

ここで一つ、読者の方に問いかけたいです。

あなたの瞑想は、ただ目を閉じているだけになっていませんか。

以前、ヨガを7年以上やっている方が来院されました。瞑想してみてくださいとお願いしたら、ただ目を閉じているだけでした。

呼吸も体も、何も変わらない。

これを瞑想と呼んでいいのか、正直疑問でした。

少なくとも私が考える瞑想とは違います。

なぜ違うと言えるかというと、瞑想に入っていれば体に反応が出るからです。

第三者から見ても、変化が分かる。

「目を閉じているだけ」と「瞑想している」の違いが自分で分かる。

これが瞑想ができているかどうかの指標になります。

気功における体に変化が出る瞑想とは

では、体に変化が出る瞑想とは何か。

私自身、瞑想をすると体に明確な変化が起きます。

重心が整う

体の滞りがなくなる

体と意識が一体化する感覚が出る

心が落ち着くと、体が安定します。せかせかして時間がないときは、体も心も焦ります。これは誰でも経験があるはずです。心と体は連動しています。

この連動性を、瞑想の中で意図的に作っていく。

やることはシンプルです。目を閉じて、自分の体がどうなっているかを感じる。

手のひらはどうなっているか、手の甲はどうか

みぞおちのあたり、丹田と言われるところはどうか

頭、後頭部、顔はどうか

ただ感じるだけ。感じようとしているとき、そこに「できない」「こうしなきゃ」という考えは入ってきません。

純粋に感じるという状態を作ることが、気を感じる感覚も養っていきます。

15年の臨床で見てきた瞑想経験者の実態

15年以上、多くの気功経験者と向き合ってきて、一つ強く感じていることがあります。

「気功が出せる」「気を感じられる」と本人は思っていても、第三者から見ると何も変わっていない。これは正直、かっこ悪いと思っています。

私自身、院長として気をつけているのはこの点です。瞑想も気功も、変化が第三者に分かる形で出せるようにする。これが一番誠実なやり方だと思っています。

ヨガ7年の方のように、長く続けていても、自分が本当にできているかどうか指標がないまま過ごしている方は少なくありません。

「目を閉じているだけ」と「体が変わる瞑想」の違いが分かること。これが指標になります。

瞑想の質を上げることが気功上達の稽古になる

気功の上達を目指すなら、気功の体操を増やすよりも、瞑想の質を上げていく方がよほど稽古になります。

瞑想を続けると、こういう変化が出てきます。

感じる力が増えてくる

再現性が高まる

自信を持ってできるようになる

自分の感覚での理解度が深まっていく。「こういうものだな」と腑に落ちる瞬間が、少しずつ増えていきます。

これが気功の稽古としての瞑想です。

目を閉じているだけで終わらせず、体に変化が出る瞑想を続けていく。地味ですが、気功上達の確実な道です。