「気診」という言葉から感じた、気の流れを見て、気だけで施術し、結果を出すということ
この記事は、特定の流派や研究会で行われている「気診」の方法を解説するものではありません。
「気診」という言葉を見て、私自身の施術経験とつながるものを感じたので、その話をしてみたいと思います。
気功療法や気功治療と呼ばれている施術をしている実体験です。
1.「気診」という言葉を見て、自分の施術とつながるものを感じた
こんにちは。よろしくお願いします。
この前、「気診」という言葉を見かけたんです。気功の「気」に、診断の「診」と書いて「気診」です。
最初に見たときは、「気で診断するということなのかな」と思いました。
その気診という言葉が具体的にどういう意味で使われているのかは別として、私が今やっていることにも、つながる部分があるように感じたんです。
2.私の気功は、気の流れではなく、実際に確認できる身体の状態を見ることから始まった
一般的に、気功というと、身体の中の気の流れを見て、気を送ったり、邪気を抜いたり、気が滞っているところを見つけて、その流れを整えたりする。
そういうイメージがあると思うんですよ。
私自身も、「気功ってそういうものなのかな」と思っていました。
ただ、自分が実際に臨床で人の不調を改善するためにやってきたことは、そういうものとは違ったんですね。
筋力検査をしたり、身体の硬さや柔軟性を調べたり、関節がどこまで動くか、可動域を確認したり。
あとは、押したときに痛みがあるかどうかを見る、圧痛の確認ですね。
そうやって、実際に確認できる身体の状態を見て、「ここが動きにくい」「ここに硬さがある」「ここを押すと痛い」というところを見つける。
そのうえで、触れずに気を送って、もう一度同じ検査をする。硬さが変わったのか、動きやすくなったのか、痛みが減ったのかを確かめる。そういうことをやってきました。
だから、目に見えない気の流れを見て、どこが滞っているかを判断するなんて、以前の私からすると、「そんなの、わかるわけないでしょ」と思っていたんです。
「それはもう、魔法の世界みたいな話じゃないですか」と。
3.「そんなの、わかるわけない」と思っていた感覚が、自分にもわかるようになってきた
ところが、続けているうちに、以前はわからなかった感覚の違いが、自分にもわかるようになってきたんですね。
それには、私自身がまず驚きました。
ただ、「できるようになった」と言っても、何をもってそう言っているのか。
そこを説明しないと、話がわからないと思うんです。
まず、私の施術経験では、気功は、細かく場所を絞らずに、ある程度漠然と気を送っていても、身体の変化が見られることがあります。
でも、どこに送るか、どう送るかによって、変化の度合いが違うんですね。
同じように送っているつもりでも、よく変わる場合と、あまり変わらない場合がある。
それで、施術を続けていくうちに、自分の身体に生じる感覚にも、だんだん違いがあることがわかってきました。
相手の身体の状態を感じ取ろうとしたときに、部位によって感じ方が違うんです。
同じ部位でも、その人のコンディションによって、こちらに生じる感覚が違うんですね。
その違いを確かめていくうちに、「ああ、今はここに送るとよさそうだな」とか、「こっちに送っても、あまり変化につながらなさそうだな」というのが、感覚としてわかるようになってきたんです。
最初は、「ここに送るといい」「ここに送るとよくない」というような、感覚の違いでした。
その「よくない」というのは、必ずしも、そこに送ったら身体を悪くするという意味ではありません。
「今、この状態では、そこに送ってもあまり意味がなさそうだ」という感じも含めてです。
反対に、「この場所に、こういう状態のときに送ると、変化が出やすい」という感覚が、少しずつわかってきたんですね。
4.感覚だけで正しいと決めず、施術後の身体の変化と照らし合わせる
もちろん、そう感じたから、それだけで正しいと決めるわけではありません。
実際に送ってみて、痛みや動き、可動域などがどう変わるかを確認します。
自分が感じたことと、施術後の身体の変化を、照らし合わせているわけです。
そういう経験をしていたところで、「気診」という言葉を見かけました。
「ああ、こういう言葉があるんだな」と。私が今感じているようなことを、昔から感じ取っていた人もいたのかもしれないな、と思ったんです。
昔の人は、今よりも身体の感覚を細かく使って生活していたのかもしれませんし、私らより感覚が鋭い人もいたのかな、と想像したりもします。
5.送る場所や送り方を選ぶことで、施術の精度が上がってきたと感じている
では、そうやって感覚を手がかりに、気を送る場所や送り方を選ぶと、何が違うのか。
私が施術の中で経験しているのは、漠然と送っていたときよりも、痛みが早く軽くなったり、動きが変わりやすくなったりすることです。
例えば、痛みや動きにくさで屈伸がしづらかった人が、屈伸しやすくなる。関節の動く範囲が変わる。
身体を動かしたときの痛みが減る。
そういう変化を確認できると、「ただ送るだけだったときよりも、施術の精度が上がってきたな」と感じるんですね。
6.漠然と送るところから、可動域や、触れてわかる硬さを手がかりにするようになった
私の中では、そこに至るまでに段階がありました。
最初は、まず気を送ることです。細かい判断はできなくても、とにかく送ってみて、相手の身体にどういう変化が起こるのかを見る。
次に、可動域を確認しながら送るようになりました。
どの動きがしにくいのか。左右で違いがあるのか。
気を送ったあとに、どこまで動くようになったのか。
そういうことを、施術の前後で比べるようになったんです。
そこから、身体に触れて、組織の硬さや動きにくさを、もっと細かく見分ける段階に進みました。
7.同じ「硬さ」という言葉でも、触れて見分けているものが違う
ただ、この「硬さ」というのも、一般的に言われる「肩が凝っていますね」「筋肉が張っていますね」という話だけではないんです。
私が施術で手がかりにしているのは、それとは違う、独特な硬さや、動きの乏しさなんですね。
言葉だけで説明すると同じ「硬い」になってしまうんですが、実際に触れて区別しているものには、違いがあります。
この前も、鍼灸を30年やっている鍼灸師の方と、その話をしたんです。
この方は体験で来られて、少し体を整えたら数巡年続いてた腰痛が一回でなおったというので、気功教室の生徒になられた方です。
勿論その方の治療仲間にもこれまで鍼を打ってもらったけど治らない、それが気功で治ったので習いたいという事でした。
「骨のあたりなどに感じる、こういう独特な硬さって、わかりますか」と聞いたら、最初は「わかります」とおっしゃっていました。
でも、私が実際に触れている場所や、見分けている硬さを示して、施術による変化も確認してもらったら、「いや、これはわかりませんでした」とおっしゃったんですね。
つまり、同じ「硬さ」という言葉を使っていても、最初に思い浮かべていたものと、私が実際に見ているものが違っていたんです。
これは、その方に経験がないという話ではありません。30年の経験がある方でも、普段見ているものと違えば、初めて触れる感覚があるということです。
だから、ただ「硬いところを見つければいい」というだけでもないんですね。
どういう硬さなのか、どこに動きの乏しさがあるのか。
それを触って見分ける能力が大事になります。
そして、気を送ったあとに、その硬さが変わるのか、動きが出るのかを確認する。
そうやって、まず触れて見分けられるようになり、その変化を確かめられるようになる。
その積み重ねの先で、今度は、触れた感覚だけでなく、気を使ったときに自分に生じる感覚の違いも、施術の手がかりになってきました。
最初は漠然と送っていたものが、可動域を手がかりに送れるようになる。次に、触れてわかる硬さや動きにくさを手がかりにできるようになる。
そして今は、触れずに感じ取った違いから、送る場所や送り方を選ぶ段階に来ている、ということです。
だから、昔の私が聞いたら、「そんなこと、わかるわけないでしょ」と言っていたようなことを、今は自分が施術の手がかりにしているんですね。そこは、自分でも面白いなと思います。
8.何を感じているのかは説明できない。それでも、身体がどう変わったかは確かめられる
ただ、私が今感じているものが、そのまま「気の流れ」なのか、何を感じ取っているのかという仕組みまで、説明できるわけではありません。
私にとって大事なのは、その感覚を手がかりに施術した結果、実際に身体がどう変わるかです。
痛みが減ったのか。動きやすくなったのか。
可動域が広がったのか。触れていた硬さが変わったのか。
そこは、これまでと同じように確かめています。
今は、気の感覚も手がかりにして、施術する部位や送り方を選んでいます。
ただ、その感覚が何なのか、仕組みまで説明できるわけではありません。
だからこそ、実際に痛みや動き、可動域、触れていた硬さがどう変わったかを確かめることは、これまでと変わりません。
この先、どこまで成長できるのかは、まだわかりません。ただ、今できるようになってきたことを、もっと深めていきたいと思っています。


